阿波市移住者インタビュー(第3回) | sugar spot オーナー 山添幸枝さん


「阿波市に来てからは余裕ができて、よく空を見上げるようになりました」

そう話してくれたのは、阿波市市場町でひきたての阿波市産小麦を100%使用し、卵・乳製品・添加物不使用の全粒粉(*1)スコーンを提供する店「sugar spot(シュガースポット)」をいとなむ山添幸枝さん。移住前は管理栄養士として病院に勤務するも、「やりたいことからズレてきている」と感じて退職。その後はカフェやレストランの厨房で働き、結婚を機に徳島県へ移住。阿波市に引っ越したうえで開業し、今日に至っている。

にぎやかな都会であわただしい生活をしていた時から一転、おだやかな時間が流れる阿波市でじっくりと自分のやりたいことを形にした山添さん。どのような思いを胸に、現在の暮らしを実現させたのだろうか。

 

 

食に興味津々だった、子供時代

 

山添さんは、福岡県北九州市の小倉出身。古くから「九州の道は小倉に通じる」と呼ばれた交通の要衝で、ビルが立ち並ぶ活気ある都市だ。「電車やバス、モノレールに地下鉄。交通手段が豊富なので車がなくても生活できました」。小倉で生まれ育った山添さんは、小さい頃から食べることが大好き。学校から帰り玄関を開けると、夕ご飯の準備でいそがしそうな台所から、ふわあっと美味しそうな匂いが流れてくる。胸を高鳴らせながら「今日のご飯何!?どうやって作るの?何入れるの!?」とよく質問した。

やがて、料理を作る楽しさに目覚めた山添さん。中学生になるとケーキやガトーショコラも作るようになった。そこには、料理上手の祖母の影響があった。「おばあちゃんはなんでも作ってくれました。お正月のおせち料理に、運動会の時はお寿司。特別な日には、しましま模様のアップルパイまで!おばあちゃんの存在は、私が食関係の仕事に興味を持つきっかけになったと思います」。

 

 

安定を選んだ職場で気づいた本当の気持ち

 

高校2年生になると、将来について考えるようになった。この時、母親が栄養士だったことを知ると興味がわき、詳しく調べたところ、栄養士とは別に管理栄養士という国家資格があることを知った。「とにかく食について詳しいスペシャリストになりたい。だったらもう、管理栄養士を目指そうと思いました」。猛勉強の末、当時は数えるほどしかなかった大学の管理栄養士専攻コースを受験し、倍率7倍の狭き門を見事突破した。

大学では、食について徹底的に知識を深め、時には食べ物と身体の関係を知るために解剖を行なったり、さまざまな病気を持つ患者を想定した献立計画づくりや調理実習も行った。その結果、無事管理栄養士の国家試験に合格し、その後の就職活動では、病院を中心に回り内定も獲得した。「ほとんどの人が、病院に就職する流れでした。当時お世話になっていた教授は『病院みたいなかたくるしい場所じゃなくて、子供のためとか、食育を考えたお弁当屋さんをやってみたらいいじゃない』と言ってくださったんです。確かにそんな働き方、素敵だなと思ったんです。でも、私は安定を選択しました」。

山添さんの社会人生活が始まった。就職先は、救急や老人ホームなど、10もの施設が集まるグループ病院。定期的な異動でさまざまな施設を回った後、たどりついたのが救急の現場だった。「『ここの救急でがんばったら、どこででもやっていける』と言われるほど大変な職場でした。もちろん頑張ってはいましたが、ある日身体の調子を崩してしまいました。健康状態を指導する立場なのに」。加えて、料理をする機会がほとんどない業務内容から、やりたかったこととのズレを感じ、ついに病院を退職した。この時、山添さんは「本当は食を作る側になりたかったんだ」と気づいた。

   

 

夫との出会いと徳島移住

 

退職後は、レストランの厨房で働いた。そこは、筑後地方(*2)の新鮮な朝採れ野菜をふんだんに使う店で、今でいう「地産地消」を実践する職場だった。山添さんは、食を作る楽しみを感じながら調理はもちろん、食材の仕入れ、経営管理、接客対応などを学んだ。同時に、これまではあまり意識しなかった筑後地方を知ることで、田舎への憧れを抱き始めたそう。

そんな折、現在の夫となる男性と出会う。「共通の知人の紹介で、短期の仕事で福岡に来ていた主人と出会いました。その時、主人は1ヶ月後に徳島に帰ることが決まっていたんですけど、すぐにおたがいひかれあって、お付き合いを始めました。今月は福岡で、来月は徳島で会おうといった感じで、順番で行き来してたんですよ」。それまでは、ビルが立ち並ぶまちで暮らしていた山添さんだったが、阿波市の自然豊かな風景に心をひかれた。「四季を感じました。田植えや稲刈りがあったり。紅葉も山が近いからすぐに見れたり。虫の声も聞こえ、星空がとても綺麗。都会では非日常な自然の風景も日常なんだなあ、って思いました」。やがて、半年ほど遠距離恋愛を続けた山添さんは結婚を機に、徳島県に移住。都市部とは大きく異なる、田舎での新生活が始まった。

 

 

人生を変えた、小麦との出会い

 

移住後、阿波市の隣にある吉野川市に住んだ。そして数年後、夫が所有する阿波市の畑を宅地に転用し、そこに家を建てる話があがった。「話を聞いた時、何か仕事をしたいと思いました。でも、まだ子供は小さかったし、条件に合った勤務先もなかったんです。そこで、家を建てるなら自宅兼店舗の形にして、何かできないかと考えるようになりました」。

そんなある日、子供を連れて阿波市市場町にある子育て支援センター(*3)に出かけた。無邪気に遊ぶ子供を見守りながら、ふと本棚に並んでいたタウン誌が目に入り、手を伸ばした。何気なくページをめくると、思わず「あっ」と声を上げた。阿波市で生まれた「小麦プロジェクト」(*4)に関する記事を見つけた。「阿波市で小麦が作られてるんだと知ってびっくりしました。そして、この小麦をぜひ使ってみたいって思ったんです」。職員の方に問い合わせると、早速関係者の方につないでくれた。「ビビっと来たんです!だから思わず身体が動いていました」。後日、小麦プロジェクトメンバーと会い、実際に小麦を口にした。その味に、感動した。また、メンバーの親切で積極的な人柄も山添さんの決意を後押しした。

店を開くならこの小麦を使いたい。やってみたいことが、はっきりと見えてきた。

 

 

好きなものを選べる楽しさを届けたい

 

山添さんの開業準備が始まった。はじめに、自宅兼店舗のアイデアを形にするべく設計図を手に保健所へと通った。「後でダメって言われたら大変なので、設計の段階で保健所に確認をしてもらったんです。その結果、許可はおりましたが大きい浄化槽をはじめ、さまざまな設備が必要と言われました。ですので、お金がかかりましたね」。お墨付きを得た設計図をもとに、いよいよ建設が始まった。できあがるまでの2年間、山添さんはじっくりとあせらず資金を貯めた。阿波市の補助金(*5)も利用して、器具もそろえていった。

店舗準備のかたわら、どんな商品を作ろうかと考えていた山添さん。ある日、病院に勤務していたころの出来事を思いだした。「救急の時、卵アレルギーや乳アレルギーをもつ子供をたくさん診てきました。そういう子でも食べられるようなものができないかと思ったんです」。アレルギーを持つ子は、好きなものを選ぶことができない。そのお菓子は食べちゃダメだよと言われた時の、残念そうにする子供の顔を何度も目にしてきた。「だから、卵や乳製品を使わないことで好きなものを選べる楽しさを届けたいと思いました。だって、お菓子ってご褒美じゃないですか」。
         

右上から時計回りに、プレーン、すもも、抹茶と大納言小豆の全粒粉スコーン。

 

山添さんは試行錯誤を何度も重ね、その結果、自信を持って美味しいと思える商品ができた。看板メニューでもある、全粒粉のスコーンだ。それはなんと、まるごとの小麦をひいて一から全粒粉を作り、卵・乳製品・保存料・添加物を使わずにできたてを提供するという逸品。卵や乳製品を使わないことでより小麦を引き立たせつつ、カロリーをおさえることに成功した。季節や天候によって変動する気温や湿度などの条件にあわせて、水分量や甘さの微調整も忘れない。卵アレルギーや乳アレルギーの方も、そうじゃない方にも美味しいと言ってもらえる商品はこうして生まれた。「美味しいか美味しくないか。それを一番に考えました。小麦の美味しさを最大限引き出すためには手間も時間もかかりますけど、一人でやっているからこそ、とことんこだわることができました」。スコーンのサイズにも、秘められた思いがある。「子供やご年配の方でも食べ切れる大きさにしました。子供って、全部を一人で食べたいじゃないですか。といいつつ、私自身、いろんな味を少しずつ食べたいタイプなので、それを意識したサイズにしました」。

 

sugar spotのロゴデザインは、山添さんのご友人が担当した。
     
       
開店準備は着々と進む。店名は、「sugar spot」に決めた。sugar spotとは、バナナに浮かび出る黒い斑点を指し、美味しい食べ頃のサインであることを意味する。どうしてこの単語を?と思い山添さんに理由をお聞きすると、「息子にバナナをあげてたときに、ふと黒い斑点が目に入りました。私自身、『美味しいものを提供しますよ』と伝えたかったので、この単語はピッタリだと思いました」と答えてくれた。また、開店時間は、仕込みにかかる作業時間に加えて、家事や子供のことを考えて週3日、16時までと決めた。「家と子育てと仕事のバランスを大切にしたかったんです。バランスをくずしてしまうとどこかで無理が出て、楽しくなくなっちゃいます。そうすると義務感が出てしまいます。そんな状態では美味しいものは作れません。食べ物には気持ちが入りますから」。

 

    
        
店舗にはイートインコーナーを設置することにした。それに合わせて必要になるのが、飲み物だ。ある日、知り合いと鳴門にあるコーヒー店を訪れたところ、そのコーヒーに衝撃を受けた。もともとコーヒーが飲めなかった山添さんだが、生まれて初めて美味しいと思えた。「自分の作るスコーンには、このコーヒーが必要だと思いました」。後日、事業計画書を手にその店を訪ね、豆の提供をお願いするもあっさりと断られた。週3日という営業スタイルを指摘された。それでも、山添さんは諦めなかった。その店に通い詰めては、どうして週3日でやっていくのかについて説明した。そして、山添さんの熱量を理解した店主は、「ほな、まずはコーヒーの淹れ方を勉強をしょうか」と、ついに心を開いてくれた。「子供の保育園が終わる時間まで鳴門に通い、ひたすら特訓しました。土日には主人も通っていたんですよ」。その後、店主は山添さんのスコーンに合うような豆をブレンドしてくれた。欠けていたパズルのピースは、しっかりとはまった。

 

 

「sugar spot」の誕生とこれから

 

2年もの準備期間を経て、2016年、ついにsugar spotがオープン。あえて大々的な宣伝を行わず、静かなスタートをきった。「ここでしか味わえないものを出そう。きちんとしたものを出せばきっとわかってもらえる。そう信じて開店しました」。やがて、スコーンの味に魅了された人たちが次々と現れ、口コミが口コミを呼ぶようになった。テイクアウトする人はもちろん、イートインコーナーを利用してくれる人も増えていった。週末には時々、地域で開催されるイベントに出店する。接客経験が全くなかった夫もイベント出店のサポートをしてくれた。接客に慣れてきた頃、夫にある変化が現れた。「『自分の知らんかったことを知れるけん(知れるから)、楽しいなあ』と話してくれるようになったんです」。息子も少しずつ手伝ってくれるようになった。その結果、新しいファンも増え、気がつけばスコーンがあっという間に売り切れてしまうことも当たり前になるほど、多くの人に支持される店となった。

 

 

 
ここまでの道のりを振り返ってくれた山添さんは、おだやかながらも楽しそうに話してくれた。「自分がやって来たことがつながりつつある気がして、楽しいです。これからも、食べた人が少しでも元気になれるようなお菓子づくりと共に、ふと立ち寄りたくなるようなお店づくりを頑張りたいです。そして、地元食材を使って阿波市を活性化できればと思います」。    

これまでつちかってきた経験をていねいにつなぎあわせ、この阿波市で自分ならではの暮らしを実現させた山添さん。彼女の見すえる先は、もっともっと楽しい理想の未来だ。

 

移住して良かったこと

・季節を感じられること
・採れたて野菜が食べられること
・自分のお店が持てたこと
・子供を伸び伸び育てられること

 

移住して困ったこと

・知り合いが全然いなかったこと
・阿波弁がわかりにくかったこと
・どこに行くにもナビが必要だったこと
・福岡と徳島との習慣の違い

 

阿波市に移住する方へのアドバイス

困った時は周りを頼ってください。温かい人たちが多いので、手を差し伸べてくれます。
ぜひ田舎暮らしを楽しんでもらいたいです。

 

阿波市のおすすめポイント

・野菜、果物、お米など美味しいものがたくさん!
・人が温かい
・空気が美味しい
・星がきれい

 

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(*1)全粒粉:
小麦の表皮(ふすま)・胚芽・胚乳のすべてを粉にしたもので、小麦粉と比べて栄養価が高い。なお、小麦粉は小麦の「胚乳」のみをひいて作られる。

(*2)筑後地方:
福岡県南部地域の呼称。福岡県は福岡・北九州・筑豊・筑後と4つの地域に分かれている。

(*3)子育て支援センター:
主に、阿波市在住の子育て家庭の親とその子ども(3歳まで)が集まれる交流の場所で、子育てに関する相談も可能。
詳しい情報はこちら https://www.city.awa.lg.jp/docs/2018092100032/

(*4)小麦プロジェクト:
阿波市観光協会が立ちあげたプロジェクト。小麦の栽培・製粉・加工品づくりに取り組む。(現在は終了)

(*5)阿波市の補助金:
山添さんが利用されたのは、6次化推進を応援する補助金。
最新版の詳しい情報はこちら https://www.city.awa.lg.jp/docs/2025041100043/